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  • 2014.06.26

LUNA SEA、結成25周年 伝説が伝説を生んだバンド 世代を超えて支持されるそのワケとは?

結成25周年を迎え、5月29日に東京・国立代々木競技場第一体育館で「LUNA SEA 25th ANNIVERSARY LIVE-The Unfinished MOON-」と題して行なったアニバーサリーライヴが大成功に終わり、現在、約14年ぶりとなる全国ホールツアーの真っただ中のLUNA SEA。

メンバーはRYUICHI(Vo)、SUGIZO(G)、INORAN(G)、J(B)、真矢(Dr)の5人。彼らを語るときに“伝説”とか“奇跡”という言葉がついてまわるのは、それだけ前代未聞のことに挑戦し、希有なエピソードを生んできたバンドだからだ。結成25周年を迎えること自体、ファンはもちろん、メンバーも想像していなかったかもしれない。なぜならば、1989年に結成、1992年にメジャーデビューを果たしたLUNA SEAは、これ以上5人で強い光を見られなくなったという理由で、2000年に事実上の解散とも捉えられる“終幕”を発表したからだ。数々の伝説を生んだロックバンド、LUNA SEAはなぜ今なお世代を超えて多くのリスナーを魅了し続けているのだろうか。そのヒントはLUNA SEAのヒストリーの中にある。

■画期的だった“黒服限定”GIG〜ブレないメジャーデビュー伝説

東京・町田のライヴハウス「プレイハウス」を拠点として活動していたLUNA SEA(当時はLUNACY)は、結成当初から独立独歩の精神とこだわりを持った5人が集結したバンドであった。今でいうフライヤーやロゴもすべて自分たちでデザインして作り、ドレスコードという言葉すらない時代に、“黒服限定GIG”という企画ライヴを行ない、ライヴを軸に動員を増やしていった。そんな彼らに興味を持ったのが今は亡きhide(G/X JAPAN※当時はX)で、LUNA SEAはYOSHIKI(Dr・Piano/ X JAPAN※当時はX)が設立したエクスタシーレコードから、1991年にインディーズ1stアルバム『LUNA SEA』をリリース。この作品は予約だけで約1万枚が完売となり、シーンの話題を集めることになる。多くのレコード会社がLUNA SEAに声をかけるが、なかなか契約を交わさなかったのも有名なエピソードである。決して高飛車だったわけではない。自分たちの音楽に愛情を持ち、可能性を感じてくれた上で、一緒に頂点を目指してくれるスタッフと組むことが彼らの条件だった。シングルではなく、アルバム『IMAGE』で1992年にメジャーデビューを飾った当時、メンバーはインタビューで「俺たちはメジャーになっても変わらない」とよく発言していたが、その後の活動は有言実行だった。あくまで中心に据えられていたのはライヴで、タイアップ全盛の時代に彼らがメジャー1stシングル「BELIEVE」をリリースするのはデビューから1年近くたった1993年の2月。タイアップのオファーが来ても、自分たちの楽曲と世界観がマッチしなければ、首を縦に振らないというこだわりぶりも周囲の大人たちを驚かせた。結果、1994年9月に発売した4thシングル「TRUE BLUE」は、ノンタイアップでオリコンウィークリーランキングの1位を獲得。このエピソードも今やLUNA SEA伝説のひとつと化している。

■嵐を呼ぶバンド!? の驚きのライヴ伝説

そして、何と言っても“伝説”と評されているのはLUNA SEAのライヴだろう。音のみならず、全てにこだわっていたのはいうまでもないが、例えばSUGIZOは初めて行く場所に会場入りすると必ず、客席を隅から隅まで歩きまわり、ステージが見えにくい場所がないかチェックしていた。彼らはファンのことを親しみを込めて“SLAVE”、もしくは“メンバー”と呼んでいたが、それぐらいライヴに足を運ぶ人たちを大切にしていたのである。日本武道館から横浜アリーナ、東京ドームと会場が大きくなるなか、全てのライヴがソールドアウトとなった。それは偶然などではなく、チケットが売り切れるという確信が持てるようになるまで踏みきらなかったからだ。バンドの実力が会場に見合うぐらい成長しているか、それだけの人たちが来てくれるのか――。武道館のチケットが売り切れたら、すぐ次のステップに進みたくなりそうなものだが、LUNA SEAはその会場を完全に自分たちのモノにできない限り、ネクストステージに進まなかった。

5人全員がフロントマンと評されたLUNA SEAのライヴには圧倒的なエネルギーが渦巻いていた。ひとりひとりの個性がハンパじゃなく強いメンバーがステージ上で火花を散らす演奏、パフォーマンスは観る人たちを釘づけにした。5人が放つ熱量がリミットを超えていたせいなのか、この組み合わせが何かを動かしてしまうのか、彼らは“ここぞ”というライヴでことごとく天災に見舞われてきた。これが後に“嵐を呼ぶバンド”と言われる由来になっているのだが、インディーズ時代の初ホール、1991年9月東京・日本青年館でのライヴは台風で開演が遅れ、1993年8月、デビュー後の東京・日本武道館での2DAYSライヴは大型台風襲来のため、2日目が延期になり、振替公演となった。そして翌年1994年12月の横浜アリーナ公演は大雪に見舞われ、開演が遅れるという事態に――。まだ、ここまではありえることかもしれない。が、多くのファンの度肝を抜いたのが1999年5月、結成10周年を記念して東京ビッグサイトのオープンステージに10万人を集めた「LUNA SEA 10TH ANNIVERSARY GIG「NEVER SOLD OUT」CAPACITY∞」である。入場者数無制限のこのビッグイベントの前夜、突風が吹き荒れ、セットや機材が倒壊。開催中止の意見も出る中、メンバーの意向で「廃墟をセットにしよう」とライヴを実現させたのだ。また、逆境を逆手にとったような1996年12月のライヴ「UN ENDING STYLE TOUR FINAL Christmas STADIUM ~真冬の野外〜in 横浜スタジアム」も大きな話題を呼んだ。野外といえば夏という常識を覆し、LUNA SEAは寒風吹きすさぶ12月に、まさに前代未聞の野外ライヴを行なったのである。

■再起動後、東京ドームで“黒服限定無料”ライヴ、シングルは23分の超大作 

あまりにも濃密な活動を行なってきたLUNA SEAは“終幕”を発表してから10年――。2007年12月に東京ドームで行なわれた一夜限りのライヴ「LUNA SEA GOD BLESS YOU 〜One Night Déjàvu〜」を挟んで、2010年に再起動を意味する“REBOOT”を発表する。動いていなかった期間、全員がソロアーティストとして自らのポジションを確立したのもあまり例のないことだと思うが、インディーズ時代からの流れを振り返ると、いかにも彼ららしい立ち方だと思う。2010年、ワールドツアーからリスタートした彼らのファイナル公演は、12月23~25日の東京ドーム3DAYSライヴ。しかも、何と最終公演の25日は、入場無料の「黒服限定GIG〜the Holy Night~」であった。そして、REBOOT後の初の音源は、2011年3月にリリースした、インディーズ時代の『LUNA SEA』のセルフカバーアルバム。自分たちの原点に向き合うことから始める、いかにも彼ららしいやり方だった。全員が目を見張るぐらいにボーカリスト、プレイヤーとして進化しているにも関わらず、根本は何も変わっていないのである。

2012年3月に発表された復活後の初のシングル「THE ONE~crash to create~」が約23分にも及ぶ大作になったのも彼らしいし、2013年12月にリリースした、13 年5か月ぶりとなる最新オリジナルアルバム『A WILL』が、合宿を行なっての曲作りから始まったというのも嬉しくなるエピソードだった。彼らがアナログだということではなく、テクノロジーがどんなに進化して、便利になっても、論理的に説明がつかないようなバンドマジックや生のグルーヴには叶わないと思うからだ。

■ファンひとりひとりが自分の理想を重ねられる存在でもあり、人生を動かしてきたバンド

その奇跡的な融合を見せてくれた先述の25周年のアニバーサリーライヴでRYUICHIは「ここからが本当の意味でのスタート、LUNA SEAはまたここから新しい扉を開きます」と宣言した。

数えきれない人たちがLUNA SEAの音楽や凛とした佇まいに影響を受けた。彼らに憧れて楽器を手にし、プロのミュージシャンとして活躍している人たちもジャンルを超えて存在している。ときにはキャッチーに、ときには深遠でダークに、ときには壮大なスケール感で鳴らされる音楽の奥行きの深さも彼らの魅力のひとつだ。

だが、多くの人たちを感化させ魅了してきた一番の理由は、異なる個性の5人がぶつかりあい、融合しあって、オリジナリティーのカタマリのような楽曲を生み、妥協することなく自らの手で道を切り開いてきたロックバンド然としたアティテュード、“やりたいことをやりたいようにやる”精神にこそあると思う。

バンドの限りない夢と、挑戦し続けることで広がっていく可能性を身を持って見せてくれた5人は、ファンひとりひとりが自分の理想を重ねられる存在でもあり、人生を動かしてきたバンドという意味でも、LUNA SEA 伝説は語り継がれてきた。そのモンスターバンドが、「ここからが本当のスタート」と意志を表明したのである。新しい扉を開いた先に何を見ようとしているのか、結成25周年を迎えた今も想像がつかないからこそワクワクする。これから起こることを楽しみに待っていたい。

文/山本弘子

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