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  • 2014.07.16

UVERworld、“生きること”に向き合い続けデビュー10年 なぜ彼らが求められるのか、そのヒミツを探る!

■敢えて100%の成功が保証されていない音楽的冒険へと、自らを駆り立ててきたロックバンド。

「新しい時代に足跡を付ける、俺たちがUVERworld」

滋賀県出身の彼らにとって地元、関西の屋内で最も観客が入る会場である京セラドーム大阪。その場所を埋め尽くした4万人の前で、TAKUYA∞がそう絶叫した。それが、UVERworldが初めて京セラドーム大阪で行ったワンマンライヴの最後のシーンだった。
なんて真っ直ぐな言葉なんだと思う。
“闘う意志”がみなぎる言葉だと思う。
この“新しい時代に足跡を付ける”という言葉は彼が幾度も発してきた言葉である。そしてUVERworldの6人が体の隅々、細胞の一つひとつに至るまでそのことを信じ切り、音楽と行動で表現してきた。だからこそ、4万人の前で堂々と言えたし、この言葉はそこにいた全ての人の心に響いたのである。その日は2014年7月5日。2005年7月6日にデビューしたこのバンドにとって、明日から10年目に突入しようという日だった。
ここで、こんな真っ直ぐなMCが象徴する、“10年目を迎えたUVERworldがなぜ多くの人に支持されているのか?”について探ってみたい。

誰も通ったことのない、道なき道を行く彼らがデビュー前から貫いてきたことがある。
“10年、20年経っても死なへん曲を書くこと”
“前作を越えること”
この考えは、 常に“闘い”を強いてきた。例えば楽曲。2007年発表のアルバム『BUGRIGHT』でオリコン週間ランキング2位、2008年のシングル「儚くも永久のカナシ」で念願のオリコン週間ランキング1位を獲得するが、次も同じことをすれば前回と近い人数が手に取り聴いてくれる、だろう。そのことが分かっていながら、敢えて100%の成功が保証されていない音楽的冒険へと自らを駆り立ててきた。デビュー時には既に手にしていた、バンドサウンドとデジタルの融合という武器。その比率を時々で変えて新しいものを生み出していく。2010年発表のアルバム『LAST』では、収録した音を聴かせるために音数を減らしその分音質に注力している。2012年11月のアルバム『THE ONE』に至ると、“バンドのサウンドはこうあるべき”という固定概念をも超越し、いろいろな音のアプローチを試みた。「Wizard CLUB」の、メンバーがタムと大太鼓を叩くアプローチはその自由な発想のひとつの結晶だ。

今年の3月26日に、インディーズ時代のメンバーでありデビュー後はサポートとして関わってきた誠果が正式にバンドに戻り、幼馴染み6人組という本来の姿になった。デビュー時点ではサックスを始めて間もなかった誠果が、9年の間でメジャーというフィールドで胸を張りプレイできるまでスキルを上げたことが復帰のひとつの要因だった。9年で木管楽器の演奏をプロのレベルに引き上げる。この努力に凄まじい熱意があったのは想像するに容易い。だがしかし、それは他のメンバー同様だ。プレイヤーとして悩み、スキルアップをしてきている。2010年頃だったと記憶しているが、取材や撮影の合間の少しの時間も惜しんでベースを弾く信人が居た。真太郎は“ドラムとは? そして自分のスタイルとは?”という明確な答えのない問いかけを常にしているし、克哉は弾くバッキングひとつとっても分厚さを増している。それはTAKUYA∞も例外ではない。“決められた時間にレコーディングスタジオに行って歌う”というヴォーカル録りの常識に疑問を持ち、“そのやり方で自分のベストの歌は引き出せない”と結論を出した彼は、自宅で歌をレコーディングできるようにした。いいテンションの時に納得いくまで歌える方法を見つけたわけだが、実現させるにあたって、レコーディングスタジオと同クラスの機材を揃え、彼自身学校に通い資格まで取って、スタッフを納得させている。サウンドキーマンである彰、打ち込みも自在に操る彼は当初“ギター”を単に一番表現しやすい楽器という捉え方をしていたが、“ギタリスト”であることへの拘りをはっきりと持つようになったと思う。特に、京セラドーム大阪で聴いた「NO.1」「7日目の決意」のギターソロの音色は、歌と双璧をなして曲世界を描き出し、雄弁だった。
楽器、歌、に関して、始めてすぐに輝きを放つ、いわゆる天才は存在する。UVERworldの6人は、“自分は天才ではない”と自覚し──第三者から見れば、天賦の才はあったと思うけれど──、それを嘆くのではなく、その足りない分を、自分と向き合い、考え、時間を費やして今に至る。そんな姿勢、音と歌から伝わる成長の速度そのものがメッセージと言える。

■「7日目の決意」に込められた真摯な想い。日常の言葉でストレートに綴られた歌は、聴き手の近くで響く。

“廃れないこと”“前回を越える”という考えは歌詞にも影響を与えている。そこにTAKUYA∞の人間的な成長と時々に感じていたことが重なり言葉も進化を遂げていく。デビュー曲「D-tecnoLife」に“いつか失ってしまうのかな”というラインがある。周りにいる大切な人とその繋がり、自分の生命……全てに終わりがあることを知っていて、だからこそ大切にし、必死に生き、一歩でも夢を追おうとする。そうして世に残していく曲、言葉と、それらを受け取った人の心の中とに永遠を託す。その想いは作品毎に鋭さを増して形になっている。例えばそれは2010年発表の「NO.1」にある“用意ドンの音なんて無いぞ”“もう嫌なんだ 言えずにやれずに終わっていくなんて”というライン。2011年の「MONDO PIECE」に綴られた、メンバーを含めた仲間に向けた想い。2013年の「Fight For Liberty」にある“後ろに明日は無い”という言葉……挙げていけば切りがない。

TAKUYA∞は京セラドーム大阪でこんなMCをしている。
「俺、悲しまないことにしたんだ。俺が悲しい顔をしたらメンバーが悲しい顔をするからさ。みんなにも居るでしょ? 大切な人を悲しませないためにも今日を楽しもう」

音楽シーンの中でトップランナーで居続ける。そこには沢山の理不尽や怒りや悲しみがあり、ズルいヤツに出会いもする。それらを体験し目を逸らさないでいてなお、悲しむよりも、大切なものを見付けて幸せになろうとする。その気持ちは単に嘆いたり、怒ったり、反発するよりも遥かに強い。そんなTAKUYA∞の今の心情は、最新アルバム『Ø CHOIR』にも流れている。このアルバムにある、格好いい言葉や綺麗な言葉だけを吟味したわけではない、日常の言葉でストレートに綴られた歌は、聴き手の近くで響くものだ。それが最も現れているのは「7日目の決意」だと思う。シンプルながら次第に力を増していくサウンド、そこで歌われる<君は冬の夢を見て鳴く蝉 7日目の夜も 夢を願う時だけは少し強くなれたんだね>という歌はどこまでも続く奥行きを持っている。

■躊躇したり立ち止まりかけた時に、一歩踏み出す勇気を与えてくれる音楽。

UVERworldの楽曲は、思いもよらぬ展開があったりと、ワクワクさせられるサウンド構成がなされている。例えばそれはバンドを始めたばかりの子たちがコピーするには難しいものだ。それでも、ミディアムテンポの曲はもちろん、ハードな曲、ロック然とした曲にも至高のメロディが存在する。そうなっている理由はメンバー全員がTAKUYA∞の書く歌詞に想いを重ねていて、言葉と想いを届けようとしているから、だろう。

ライヴで暴れてストレスを発散させるためだけを目的に、彼らは音楽をやっているわけではない。“生きることの答え”を求めて闘い、闘う姿そのものと、闘いの過程で気付いた答えの断片をサウンドと歌詞──音楽にして、聴くもの、観るものに力を注いでいる。そんな力が受け手の日々溜まった感情を洗い流してくれる。そして“闘い”はティーンエイジャーも、30代もそれこそ、50代70代になっても、形を変えつつ生きる限り続くものだ。その闘いの心を、彼らの音楽は刺激し、震わせ続けるのである。

ひたむきな闘いから変化を続ける音楽。
ひたむきに“生きよう”ともがく歌詞。
ひたむきで嘘のない、剥き出しのMC。

それらは、時にクールに“身の周りにある闇”と“心の病み”を照らし、時にみっともないほどに熱く語りかけてくる。
そして──人が懸命に打ち込んでいる姿ほど人の心に響くものはない。
バカが付くほど不器用で真っ直ぐ音楽に打ち込む6人の姿とその結晶である音楽。それこそが、躊躇したり立ち止まりかけた時に一歩踏み出す勇気を与えてくれる。だからこそ、彼らがファイティングポーズを取り続け、突き進む限り、UVERworldの音楽は、必死で生きようともがく多くの人の中で高らかに鳴り続けるんだと思う。

文/大西智之

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